「グリム童話」とは
ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟が編纂したドイツのメルヘン集で、第1版は1812年のクリスマスに発行された。正式なタイトルは『子供たちと家庭の童話』で、86篇の童話が収められている。その後いくつかの話を加えたり入れ替えたりしつつ、兄弟の生前に7版まで改訂版が出版された。初版が他の童話と大きく違うのは、他の童話が採取した民話を脚色し、長編化して物語として仕立てているのに対し、彼らが聞き及んだ民話をなるべくそのままの形で掲載したことである。しかし口承の民話は話が途切れていたり、子供には向かない内容が含まれていたり、残酷性や性的な描写も多く、また登場人物も粗野な言葉使いだったりということで批判が相次いだ。そこで第2版以降は、古くから語り継がれてきた物語を聞き取り、さらに彼らの手を加えた上で出版されている。それは当時の宗教的なこと(キリスト教)や、上流階級の価値観に合わせて、残酷性や不道徳性を削除したり、修正したりしているのである。
例えば「童話」なのに母親が子供に読み聞かせるには余りにも不適切と指摘されたことで、「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」などでは子供を虐待する実母は継母に変えられた。「青ひげ」の初版は、隠し部屋には歴代の妻が吊り下げられ、床が血の海であり、その他数々の残虐描写が記述されていた。また「ラプンツェル」では塔上の囚われの美少女と彼女に出逢った王子との逢瀬から性的な描写が削除されたりしている。「シンデレラ」で王子と結婚したい二人の姉娘たちは母親に命令されて靴に入るサイズの足にするため、爪先やかかとを切り落とす。「白雪姫」の母親は鉄の靴をはかされて拷問を受ける。その他にも多くの物語で衝撃的な内容が存在し、その部分は削除せざるを得なかった。
昨今はグリム童話の新たな解釈も盛んで、多くのグリム童話が読み解かれ、研究されている。「ヘンゼルとグレーテル」で描かれる飢饉や子捨てを当時の社会情勢で考えたり、「ブレーメンの音楽隊」はリストラされた者たちの集団として捉える、また「赤ずきん」では赤ずきんと狼をドイツ人とユダヤ人になぞらえるなど、グリム童話をヨーロッパの歴史的背景で分析したもの、「白雪姫」「シンデレラ」に代表される母娘関係や家族関係などを精神世界から分析したもの等、様々な研究がなされているが、なかでもやはり「グリム童話の残酷性」に焦点を当てた解説書が多く出版され、人気を呼んでいる。残酷性のある物語には妊娠や近親相姦など性的な要素も多く含まれ、「青ひげ」では旅に出てばかりの夫は留守中の浮気を疑い妻に貞操帯をつけていたとか、「赤ずきん」は実は少女が処女を捧げる話ではないか、とか内外の研究家の間では様々な意見が出されているのも興味深い。
また、グリム兄弟が聞き書きした物語の出所については、兄弟がドイツ中を廻って物語や民話を採取したというわけではなく、ある女性の存在が明らかにされている。兄弟は取材源を明らかにしなかったが没後、ヴィルヘルムの息子が取材源のメモを公表し、それによると「マリーおばさん」という人物がいたことが明らかになっている。その後グリム研究家レレケによりこの「マリーおばさん」はヘッセンの高官、ハッセンプフルーク家の令嬢マリーのことであるということが判明した。上流社会の女性たちは下働きの女性たちから物語を聞き、それをグリム兄弟に提供していたことがこれまでの調査で判明している。